芋虫/江戸川乱歩ベストセレクション2

【芋虫/江戸川乱歩ベストセレクション2】
著:江戸川乱歩
文庫:196P
出版:角川文庫


 江戸川乱歩の短編集です。
「芋虫」「指」「火星の運河」「白昼夢」「踊る一寸法師」「夢遊病者の死」「双生児 ──ある死刑囚が教誨師にうちあけた話──」「赤い部屋」「人でなしの恋」以上の9編を収録しています。
今回はこの内から4編を紹介したいと思います。


 【芋虫】

 表題作です。
戦争で四肢と殆どの五感を失ってしまった、それこそ芋虫の様になってしまった男と、その妻の狂気染みた小さい世界を描いた傑作。

 先ず、この作品をどう解釈すれば良いのか難しい所であります。
男の有様に対して、次第に嗜虐心を覗かせる妻の様子が克明に描かれており、陰鬱な気分にさせられますし、夫の眼の輝きを畏れた妻がそれを潰すという救い様の無い残酷にも息を呑みます。
最後の締め方にも、それこそどう反応すれば良いのか・・・唖然とすること必至です。

 私が思うにこれは極上にして変態的・倒錯的なラブストーリーではないかと。
妻が夫の事を愛していたのは端々の描写から窺い知れる所であり、一方の夫もその心情描写は一切ないにせよ妻を愛していた事は先ず間違い無いと思われます。
 何かが、色んな要素が重なって崩れた均衡に狂気が生まれた事は想像に難くないのですが、妻は夫の目を潰した後に「ユルシテ」と伝え、夫も後に「ユルス」と答えています。

 夫が守りたかったモノは何だったのか?それが焦点です。
妻に対する「ユルス」もその自由が利かない肉体で死に物狂いで柱に書き殴った事、そして、最後の結末を見るからに壊れて行く自分の中の何かから自分を守り、同時に妻への愛を守った様に思えてならないのです。
どうしましょうね、書いてて凄い切ない気持ちになって来ましたよ。

 夫は妻を愛し、そして自身が妻を追い詰めると解し、自身もこのままでは妻も含めて全てを憎みかねないという苦悩。
妻にしろ、終始、夫の気を惹きたかった様に見えなくもありません。
これは、私にとって最高にして最悪のラブストーリーです。


 【火星の運河】

 ちょっとコレは不思議です。
何がと言いますと、何度読んでも直ぐ内容を忘れます。
そして「美しかった」という曖昧過ぎる感想だけが残るのです。

 面白いとか面白くないとかそういう話はまるで出来ず、ただその情景描写力の尋常ならざる高さを以てして「美しい」という感想に集約させる怪作。


 【赤い部屋】

 傑作!
赤くて暗い部屋に集まった複数の者達が、今までに自分がやった「悪いこと」を次々に語って行くというチョット常人には理解出来ない組み合わせ・シチュエーションで展開される物語です。

 中心となる男の犯罪は、それこそ罪に問う事が出来ないチッポケな完全犯罪ばかりで、しかし、その全てで犠牲者が出ている。99人が彼の手によって殺害されているのです。
この犯罪の内容が「えげつないけど凄いなぁ」と普通に感心してしまう程に、良く出来ています。

 そして、「100人目は誰か。悪いことの着地点とは。」という話で、オチがつくのですが、ここも見事!素晴らしいです!
未だに私の中で整理し切れていませんが、この不可思議なオチには色んなメッセージや思想が盛り込まれている様に思えて仕方がありません。
只の気分が悪い話で終わらない、考えさせられる1編と言えます。


 【人でなしの恋】

 これは外せませんね。
美しい夫、嫁いだばかりの妻、そして人形。この三角関係を描く怪作。
何処を語ってもネタバレにしかならない気がするので多くは語れませんが、これもまた愛情(それもかなり倒錯的な)を真正面から描き切っていると思います。

 奇妙で、切なく、何処か美しい短編ながらも卓越した筆致で描かれる乱歩ワールドの完成系の1つではないでしょうか。

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