「夜市」という小説があります。
恒川光太郎氏による幻想ファンタジー小説で、私の好きな一書であります。
表題作の「夜市」と「風の古道」の2編を収録しておりまして、恒川氏の無駄の無いサラリとした文章と、内容の圧倒的スケール感および唯一無二の想像力に支えられる美しい色彩とが綺麗に融合しており、非常に心地よく読めます。
また、2編共に人間美学とも言うべきドラマがピンと決まっており、読後感は爽やか。
それこそ、ふぅと静かな緑の中で風が吹き抜ける様な情緒に溢れております。
とすれば、優しさに溢れる情緒と共に一種の切なさ。儚さを想起させる側面も持っており、こういった感覚を抱く小説というのも中々に稀なのかなと思いますね。
【夜市】
異界の者達が集う夜市を訪れた主人公と同級生の女の子。
夜市では独自のルールがあり、売買が成立しない限りは決して外に出る事が出来ません。
非常に面白い設定ですよね。色んな広がり方があると思います。
主人公は過去にも弟と夜市を訪れており、その時は「野球の才能」を「弟」で売買しました。
しかし、主人公はその負い目と後悔から必死にお金を貯めて、再び弟を取り戻すべく夜市に舞い戻ったのであります。
第一に、夜市の描写の美しい事。楽しい事。
異形の者どもが跋扈するその異空間はイメージとしては田舎の夜の屋台が立ち並ぶ祭り。
そこを練り歩き、色んな商品や物の怪の姿が描写されるだけで圧倒されてしまいます。
そこから弟を巡る展開もドラマチックです。
今も生きているが現世の人間ではなくなってしまった弟の「今まで」を描きつつ、別の世界を巧みに描いています。
そして、最後に迎える結末も切なく、何にしても美しい。
人間美学の一端を垣間見た短編ながら涙を誘う力作です。
【風の古道】
コチラの方が好き、という方を多く見掛けますね。
確かにコチラの方が壮大で、美しさもより磨きが掛かっている様に思えます。
私どもとしては、どちらも甲乙付け難いのですが・・・
子供の2人組が見知らぬ古道に迷い込み、そこから脱出すべく彷徨い歩くという話で、時は凄い勢いで経過し、ただの長い長い古道からどんどん世界は拓けて行きます。
この順序立てた、或いは順当な盛り上げ方は読者を不思議な世界へ誘う道標として機能しますし、単純に盛り上げて行きます。
こちらでも人間美学的なドラマは遺憾なく発揮されています。
長い冒険の末に得たモノと失ったモノ、その両方が読後に我々の前をすり抜けて行く様な・・・そんなタイトル通り、儚い風を感じさせる美しい1編でした。
という感想も入れた上で、お祭りの話がしたかっただけです。
本書に一番感じるのは「郷愁」という感情に最も近い気がしてまして、それは小さい頃に住んでいた田舎での小さな小さなお祭りであります。
集会所がセットになっている公園でやってまして、屋台が少しだけ出ましてね。
懐かしいのはそこで老人のマジックショーであったり(紙が素うどんに変わるというマジックでした)、アニメ「あんみつ姫」を何故か上映したり(公園なのに)・・・
夕方の18時くらいから始まって、遊びに行くのです。
同じ学校の友達と出会って、遊びながら祭りを楽しんだ記憶が「夜市」を読んでるとふと思い浮かんで来ます、不思議な感じですね。
もうあの祭りはやってないのではないだろうか・・・どうでしょう、もう何十年も経ってしまい、人も減ったみたいですし。
いつかまた遊びに行ってみようかな、なんて。