蠅の王

【蠅の王】
著:ウィリアム=ゴールディング
文庫:442P
出版:新潮文庫


 飛行機事故で無人島に漂着した少年たち。
子供だけの世界で、彼等はどう生きて行くのか?というテーマを描いた作品です。
先に言っておくと、もうこの作品は醜悪としか形容のし様がありません。
ただただ暗い気持ちになりますし、何だったら胸糞悪い・・・
でも、読みやすく、そして読者を惹きつける魔力を持った名作という側面も否定し切れません。

 かなり丁寧に島の地理や風景であったり、キャラクター達を描写しており、その積み上げが中盤以降の瓦解のインパクトに一役買っています。
そう、最初は子供同士で協力し合って、無人島生活を何とか生き抜いて行くのです。
役割を決めて、彼等の中のルールを定めて。そこまでは良かったのです。

 が、やはり人とは業の深いもので、劣る者が存在する事や、リーダーを巡る争いで次第に分裂が進んで行きます。
集団で狂って行く、という事がどういう事なのかを丁寧に且つ力強い筆致で描かれるのですが、この職人芸には目を見張るばかり。
こんなにキャラクターが多いと訳分からなくなるだろう!なんて思っちゃうのですが、丁寧に整理した上で残酷な程に鋭く描き切っています。

 この作品で重要な意味を持つアイテムが1つあります。
「法螺貝」です。ぶおお~~~って鳴らすアレ。
あの音で皆が集まり、あの音の下に子供達が動くのです。これは島の中におけるコミュニケーションそのもののシンボルと考えています。
終盤ではそれが野生化していく少年たちによって破壊されてしまうのですが、ここはかなり印象的。
理性と秩序を唱える主人公とその友人の太った少年(劣る者)。
野生と暴力を走って行く少年たちの溝が永遠に埋まらないかを物語る様で悲しい。

 太った少年ことピギーは数多くの読者にとって、最も印象深い存在だったのではないでしょうか。
彼は常に主人公の少年と共におり、そしてかなり聡明で冷静。大人っぽい。
散々、周囲からはバカにされる彼でありますが、いつでも友人の少年だけは道理の中に居ました。
その彼の壮絶極まる最期もインパクトが強過ぎ、そして法螺貝の破壊以上にやりきれない気持ちになったのではないかと思います。
余談ですが、私は心に打撃すら負いました。

 タイトルにもなっている「蠅の王」。
これは神話に登場する「ベルゼブブ」と呼ばれる蠅の大悪魔の事であり、本作ではかなり象徴化されて登場しています。
それが野生化した少年たちに殺された豚の生首。それが棒に突き刺さって佇んでいるのです。
何たるビジュアル!ベルゼブブという悪魔をそんなビジュアルで描くその想像力に脱帽!
我々の中に等しくある悪意の象徴として、その豚の死骸=ベルゼブブは存在しているという、何とも漠然とした不安がこの作品を物語るかの様であります。

 ラストも素晴らしい。
呆気無い気がしないでもないですが、自分を除いてマトモな少年たちは死んでしまい、野生化した少年たちしか居ない島で孤軍奮闘。
追いに追われるその緊張感と疾走感は正にラストと呼べる手に汗握るシークエンスです。
その末に主人公や野生少年のリーダーは何を思ったのか。何を感じたのか。
どうなっていくのか。どうすれば良いのか。・・・考えるだに心が重くなります。
傑作。

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