【少女地獄】
著:夢野久作
文庫:288P
出版:角川文庫
世紀の奇書「ドグラ・マグラ」で有名な夢野久作による名作短編集。
3編で構成される表題作「少女地獄」の他にも「童貞」「けむりを吐かぬ煙突」「女抗主」などを収録しています。
今回は表題作から、内の2編を紹介して行かせて頂きます。
【少女地獄――何んでも無い】
少女地獄の中で最も有名な話ではないでしょうか。
3編共に少女たちが作り出した地獄に自ら堕ちて行く物語でして、特にそれがストレートな形で描かれているのが、この「何でも無い」ではないかと思います。
主人公は姫草ユリ子という美少女。
彼女は誰からも好かれ、言動も仕草も愛くるしく、仕事をさせても一級な完全無欠の美少女。
既にこの設定だけでご飯3杯行けそうですが、それで済んでは困ります。
そんなに出来た人間でありながら、彼女にはどうしようもない悪癖があり、それこそが「虚言癖」であります。
嘘を吐かずにはいられない性分なのです。
この話は詰まり、姫草ユリ子という美少女が嘘という空想によって、あらゆる人々を翻弄し(それこそ仕事先の医者たちや同僚のみならず警察といった規模まで動かす)、そして嘘という空想によって追い詰められて自身が破滅してしまう話であります。
その過程が書簡形式で綴られて行きます。
書簡形式とは、簡単に言うと、キャラクター同士のお手紙でストーリーを追う感じの形式の事です。
姫草ユリ子の嘘は「天才的」と作中で言及されていますが、それは本当にその通りで読者も「嘘の天才だ」と認識する点に於いて、これは異論は発生し得ないのではないでしょうか。
それほどまでに、姫草ユリ子の造形に説得力があり、だからこそ作者の卓越した筆致が伺えます。ここが1つ、素直に感心した点であります。
嘘を吐いて、それを隠す為に更に嘘を吐いてという空想の地獄が形成されて行く様を追っていると居た堪れない気持ちになるのは私だけでしょうか。
それ程までに真に迫り、また自身にも嘘の上の嘘を重ねた経験から異質の恐怖を覚えるに至ります。
何度も当ブログで挙げている普遍性を持った恐怖が、ここにはあります。
ところで、姫草ユリ子は自身の嘘で身を滅ぼしましたが、何故に彼女は嘘を吐かねばならなかったのでしょう?
彼女ほどの人間であれば、嘘なんぞ吐く必要がまるで無く、嘘さえ吐かなければその人生は彩られていたに違いのです。
恐らくは、彼女の過去と共にある異常な程に強過ぎる承認欲求。それを満たしたかった、常に完全で居たかったという心理は何と無く推し量る事が出来ます。
「自分の外の全てに認められる、評価される、好かれるという空想」が彼女を生かしたのであれば、彼女を死なせた空想とは「全ての嘘がバレてしまった、欠点が生まれた、もう生きていてはいけない」というモノだったのかもしれません。
何処まで行っても人間臭さを姫草ユリ子に理論的には感じられます。
しかし、私は矢張り何度、この話を見返しても彼女が怪物だった様にしか思えません。
不思議な、とても不思議な感覚です。
【火星の女】
コチラも「何んでも無い」と同じ位に、もしくはそれ以上に好きな作品です。
容姿にコンプレックスを持つ少女が、大人によって穢され復讐を誓うという物語なのですが――何とも壮絶極まります。
無力で、それでいて華も無い少女が失われた処女性の中に苦しみ、憎悪し、復讐を果たさんと右往左往する様は地獄。地獄と形容する他にありません。
その地獄の末に「敵」と呼べる男の失笑間違い無しのスピーチに呆れ返り、少女が遺した手紙で痺れます。
このラストの手紙が素晴らしい。特に締め方。
物語の締めの一文が本当に素晴らしいのです。
「私の肉体は永久に貴方のモノですから・・・ペッペッ・・・」
ペッペッがとても好きなのですよ、私は。
唾を吐き掛けるその一文に、諦観や矜持といった色んな感情が集約されている気がします。
この終わり方だけで、もう随分と痺れました。